炭況時報

流星光芒の70年と『炭』

我が国の木炭は、家庭燃料はもとより、鉱工業をはじめ産業界の需要に応えて、日本全国の津々浦々で生産されました。鹿児島県の種子島や屋久島からも優れた木炭を産出しております。

農山村の林業では、薪炭が主要産物でありましたから、生産地と販売地を結ぶ交流は活発で、注目を集める業界でした。もとより、先人の遺産である豊かな森林資源の恩恵を受けた代表的な産業でありました。その製炭法は世界中の手本となり、貴重な燃料としてのブランドは今後も離れることはないと信じております。

 1940(昭和15)年1957(昭和32)年1958(昭和33)年2000(平成12)年
生産量 2,700,000トン 2,200,000トン   30,000トン(↓)
人口(※1) 73,000,000人(63%) 92,000,000人(37%)   127,000,000人(5.1%)
国家予算(※2)     1兆円  
  1. ※1:()内は農林水産業の就労者の割合です。
  2. ※2:木炭推定生産額300億円=予算の3%になります。

豊かな森の薪炭林

先人は森を大切に守りました。一本の木から、この森になったことに手を合わせ、『木一本』と仰ぎ見たと言われます。

薪炭の生産者は、必要な原木だけを見分けながら伐採しておりましたから、歴年にわたる膨大な産出を成し遂げて、豊かな森のことを『薪炭林』と呼んでおりました。

  • 薪(尺二・尺六・長尺)は、木炭同様に日用必需品として生産出荷されました。
  • 木炭は、一俵(15kg・20kgまたは30kg)ごとに合格証の印紙(日本農林規格『JAS』による県営検査証)を貼って出荷されました。
  • 消費者は安心して木炭を買うことができましたが、価格は乱高下を繰り返しました。

※消費者価格を安定させるため、相場が下がると営林署の倉庫に備蓄をして、相場が上がると放出する制度がありました。

※1960年以降の生産は、家庭用から工業用炭への奨励策がとられましたが、高度成長時代の人口移動により減少の一途になりました。

『炭』の社会的責任

化石燃料を使用して発展した経済成長とそれによる環境汚染の問題を解決するために化石燃料を使わない経済に向かって世界は動いています。日本と同じく原油を輸入に頼るスウェーデンでは「脱石油」を徹底しております。首都の市街交通はバスを廃止して電車のみで、水力と風力の発電による電気を使い、家庭暖房は木質バイオマス燃料(マキ)を使うことを達成しています。日本でも見習うことになれば、薪と炭が戻ってくることになり、薪炭の生産が活発になれば、豊かな薪炭林が戻ってくることになります。

炭のそこぢから

木炭は火力のエネルギーをもっと効率よく小さくかわいらしく、しかも力強くためこんだすぐれものです。

地球全体に及ぶエネルギー危機を考えるとき、この日本のすぐれて伝統的な木炭技術がクローズアップされ、「炭火力」のエネルギーを改めて見直す時代になったのはつくづく嬉しいことです。

小さくちりちりとはじけるような音を立てて燃える炭をじっと眺めていると、日本人のつつましやかな古きよき伝統文化というものを考えさせてくれるし、日本という国の底力にまで思いがふくらみます。

豊かな森を守る岩手が育んだ木炭、そのぜいたくさを体感ください。

椎名 誠 - 社団法人 岩手県木炭協会のカレンダーより引用

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